赤川 鉄橋。 サヨナラ…じゃないけれど。城東貨物線・赤川鉄橋: ご近所から海外まで

人の横を列車が走る!大阪名物「赤川鉄橋」まもなく渡り納め(伊原薫)

しばらく休憩の後、引き返します。 きっとこの青年は前に立って何やら喋っている「オッサン」二人のことを「邪魔だなあ」と思っていたことでしょうな(笑)。 彼と柵に寄りかかりつつ、列車の通過を待つ。 今さら渡し舟の復活・・・てな事も無いでしょうし、大阪市が人・犬・自転車専用橋を新たに架設する必要が生じそうです。 さっきより奥まで侵入を試みたが、池らしきものは発見できず。 歩道の名称は「市道赤川仮橋」。 前方の斜張橋を目指して、堤防上をずんずん進みます。

>

赤川鉄橋

もともと複線仕様になっていることから、歩道のスペースに線路をもう1本設置する計画。 赤川鉄橋の 撮影 2007年11月2日 終. 近年まで道路部分は床版・手すりとも木製で、板の隙間から水面が見えていたのだが、2010年ごろ鉄板が敷かれて通行しやすくなった。 写真はいずれも1967年の撮影。 新聞記事の最後にもある通り、歩道閉鎖後は約1km先の橋への迂回を余儀なくされることになります。 もし、こけたりしたらシャレにならないと思うのですが。 その鉄橋とは淀川下流に架かる城東貨物線淀川橋梁ですが、通称は赤川鉄橋と呼ばれており、吹田操車場と竜華操車場を結ぶ貨物専用の鉄橋である。

>

赤川鉄橋(平成20年訪問)

この橋の特徴は、言うまでもなく歩行者の真横を列車が走る点である。 橋の上から梅田の高層ビル群を遠望してみました。 幅1・8メートル。 近くに見えても徒歩だと意外に時間が掛かります。 この辺りで河口から12kmだそうです。

>

人の横を列車が走る!大阪名物「赤川鉄橋」まもなく渡り納め(伊原薫)

アイキャッチ出典:Wikipedia 大阪府大阪市の淀川を跨いでいる鉄道橋「淀川橋梁」。 歩いていて、少し怖かったです。 片町線徳庵駅近くにある鉄道車両メーカー・近畿車両で製造された車両の一部は、この路線を通り全国へ輸送されている。 昭和4年、当時の国鉄片町線貨物支線が吹田駅(吹田市)まで延伸・開通した際に架けられた。 足元が木の板から鉄板にかわってからは、ずっと慣れ親しんできた赤川仮橋を渡るときのポコポコという独特の音がしなくなってしまいました。 同じポイントで北岸方面を振り返って。

>

赤川鉄橋(平成20年訪問)

グーグル・ストリートビューを見ますと、複線化された現在でもそのままの姿で残っており、色はグレーに塗られているようです。 崩れそうな気がして。 途中、複線化工事の関係で通行止めになっていて迂回しなければならない箇所もあるが、線路を目安に行けば道を間違うことはない。 そんなわけで現在の姿を見られるのもあと一年足らず。 歩いて対岸からやって来る人。

>

(87) 赤川の鉄橋 淀川

ネット上の画像で確認すると、2017年現在、複線化の工事はだいぶ出来上がっているようです。 (レスポンス 2013年7月30日 7時45分配信)• 」です。 739m(延長597m・幅8m50cm:東淀川区史による)• なので、今度は1948年の爆弾池22個を 現在の航空写真に当てはめてみた。 約90年もの間、戦争を超え、今の時代を生き人々に愛されていたこの橋が建て替わってしまうのはどこか寂しいような気持ちになりますね。 複線仕様だったが、当初から単線の営業で片側は線路が設置されなかったため、大阪市が借り受けて歩道を設けた。 写真中央の池と、写真の右隅に、半分ほど写っているのがそれだ。

>

≪赤川鉄橋ファンサイト≫

橋長 610. 開通後は、両岸の住民が生活道路として、またサイクリングロードとして利用。 複線化の工程は、橋梁の老朽化が進んでいるので歩道部分に新しい線路を敷設し、現在線をこちらに切り替えてから従来の線路を再整備することになっている。 それが上の写真です。 この仕打ちはあんまりだぜ、JR貨物さんよ…。 堤防、鉄橋、当時の水道橋の橋脚に補助線を描き 丸い三つの池の位置を、1948年の航空写真に重ねてみた。 週末ともなれば多くの人が集まり、写真を撮り、手を振る姿が見られる。 全国でも珍しい「鉄道と歩行者の併用橋」が大阪に存在することをご存知だろうか。

>